みなさんGoogleアナリティクスは見られますか?インターネット事業をしている人には欠かせないアクセス解析ツールの一つです。
そこで、最近ふと不思議に思う事がありました。
Oosaka
異様なほどアクセスが伸びる日があるのです。そう「大阪」です。
ずっと…何でなんだろう? 興味のある事業者さんが集中しているのかな? そう思えるほど異様な伸びを見せるのです。
そんな事をいつもの山頂でおにぎりを食べながらボーっと考えた時、ふと気付きました。 私のルーツに由来するのだと。
私は28歳の時に結婚し、関西に移り住みました。兵庫県です。 30歳の時に初めて独立開業をしました。
10畳ほどのテナントスペースを8万円で借りて、カウンター10席ほどの餃子屋を開業したのです。
もちろん関西でも開業前まで飲食店に勤めていましたが、そこの客を引っ張るとか、師匠に紹介されると言うことはありません。
つまり、知り合いも土地勘も無い中での開店になりました。
しかし3ヶ月でとん挫します。客が来ない…当然の事です。これを読んでいる方もそう思うでしょう。
今の私もそう思います。
経験が足りなかった。知識がなさすぎた。
当時の私は真剣そのものです。しかし客が来ない日を悶々と過ごしていると、
面白いものですね。そんな店でも見ている人は必ずいるのです。
住宅街の中にあった餃子屋は実はすごい店だった。
近隣にテレビマン、広告代理店、記者…マスコミ関係のすごい方がたくさん住まれていたのです。
そんな方々の目に留まった餃子屋は雑誌掲載からテレビ取材へ。
お笑い芸人とアシスタントが来て、カウンターで食べている様子が昼の情報番組に流れるようになりました。
驚きました。放送中から大行列が始まります。一人も来なかった店なのに何が起こったのかと混乱しました。
しかし、経験もない私に、いきなりの大行列をさばけるはずもなく、多くの方にご迷惑をお掛けしました。 お客様にも近隣にも。
数日して、パタリと客足は止まります。元の誰も来ない店に戻りました。 そこには疲弊した私が居ただけでした。
疲弊した私に訪れたのは「お取り寄せ」という新たなキーワードです。
通信販売という言葉が主流の時代、ネット販売など、まだまだ一部の人だけが知っているそんな世の中です。
ある雑誌のお取り寄せ特集に掲載していただきました。
関西ローカル雑誌ですが、記者の方が店に来られ、私に取材をしカメラマンが何枚も写真を撮っていきます。
とても真剣さが伝わりました。
驚きました。その雑誌が発売されるといなや、数百件の注文が電話、FAXで届いたのです。
カルチャーショック!私が知らなかった世界がそこにはありました。 それは数週間にも及びました。
「お取り寄せ」のパワーを身をもって感じた瞬間でした。
注文対応をして、餃子を作って、冷凍して、梱包して、発送する。
それと同時に、いくら客が来ない店といってもチラホラは来てくれます。
夜も寝ずに、大忙しの日々の私は少しおかしくなっていました。
一番嫌だったのが、通販の対応で追われている時にお客さんの対応をしなければならない。 その時の自分です。
あってはいけない「なんでこんな時に来るんだよ」と思ってしまいました。
もう対面販売は無理だと思いました。 私はやってはいけない人間だと。
迷惑かけてまで商売をしてはダメなのです。
お取り寄せを経験した私はさらに「ネットショッピング」を知ってしまいました。
運よく当時、楽天市場が個人事業主に門戸を開いたタイミングです。ネットショップ普及期がはじまる時代でした。
私は決断しました。 通販一本で食っていく!
店に来られるお客さんに迷惑をかけるくらいなら、シャッターを下ろしたままにしておく。
その決断をし、通販専門店として新たなスタートを切りました。
しかし、勢いでシャッターを下ろしたはいいけど、そこからが大変な日々です。
開業一年の個人事業主。信用も売上も全然ない。 そんな事業を楽天市場が認める訳がありません。今ほど審査も楽ではなかったです。
何べんも東京まで出向き、書類提出や事業説明を繰り返しました。
最後には三木谷社長に直談判も申し立てました。(この時は会えなかったけどね。)
当時の楽天市場は今のイメージとは全然違います。
何と言うか…もっと身近な存在。商店街会長のような存在でした。
三木谷さんもTシャツ短パン姿で本社をウロウロしていた時代です(笑)。
大変でしたけどとても楽しかったです。 まだネットショッピングが整備されていなくて、SNSも無かったそんな時代の話です。
程なく私の熱意が伝わり、私の真剣さに楽天市場も応じてくれました。(楽天が折れた、の表現の方が合っているかな?)
そうして無事に楽天市場に出店することができたのです。
楽天市場と契約した私は、知識不足そのものでした。
小学生のころから兄のパソコンに触れていた私ですが、PCの知識にだいぶタイムラグがありました。
調理師として世に出た私には全く無縁の品。
たまに触ってはいましたよ。パーソナルコンピューターに在庫入力。その程度です。
Windows 95も発売してすぐに触りましたけどなんのこっちゃ?です。
そんな私が楽天市場出店に向け購入したのがWindows XP搭載のデスクトップ。…使い方まったくわからない。
餃子の写真。デジカメ買わなきゃじゃん。デジカメの撮り方知らないし。パソコン教室に通う金もない。
困った私は、当時スカスカのネット情報を見あさり、たまに詳しい人を捕まえて聞いたり奮闘しました。
でも楽天市場の担当さんは「松岡さんパソコン教室に通ってください」と言うばかり。
当然、楽天市場の業務を圧迫するので、PCスキルはサポート外なのです。
でもね。当時の担当さんはやさしかった。こっそり教えてくれました。
「そこでEnter押すんです!」とかね。
何も知らない私はAUTOモードで餃子の写真を撮ります。ホワイトバランスさえも知らなかった。
撮れたのは黄色がかった餃子の写真でした。餃子の焼面と餃子の皮の白い部分が見分けがつかないくらい黄色かったのを覚えています。
そして、なんとか商品アップしてカゴが出来るまでたどり着きました。
そしたら驚きですよ。
1時間も経たずに売れてしまったのです。
本当にすごい世界だな、と思ったのを今も鮮明に記憶しています。
後に、あんな黄色がかった餃子で良く売れたものだと。恐くもなりました。
全てが新しい経験でした。
楽天市場で着々と売り上げを伸ばしていった3年目、2006年6月グルメジャンル週間MVPを獲得するまでに成長しました。
その後、 ビッターズ(DeNAショッピング)、ヤフーショッピング(現PayPayモール)、ぐるなび食市場(現ぐるすぐり)、amazonなどの多店舗展開にも乗り出し、順調に売り上げを伸ばしていましたが、
2009年に全ての事業を停止して廃業に至りました。
大きな理由として、それまでは私のような小さい事業者がネットショッピングを占めていました。
大手企業は、バカにしていたんですね。 そんな小さい市場で小銭稼いでなんになる。と。
しかし、あまりにも急激に伸びるネット市場の拡大に、無視できなくなったのです。
そのタイミングが2009年なのです。
大手が資本力を投じて本気のネットショッピング参入を開始しました。
勝てると思います?「餃子の王将」に。
餃子工場作って利益を削って勝負する道ももちろんありましたが、私には面白味が全くみえず辞める決断をしました。
その環境で私はとても真剣にはなれない。
ひとまず財を築いたので、次のタイミングを見計らうことにします。
知識と財を得て、今まで経験して来なかった大手飲食チェーン店や上場企業の飲食店などに勤めて経験を積むのでした。
そうそう!冒頭のGoogleアナリティクス「Oosaka」の話でしたね。
鋭い人は気づいているかな? 私の経験した時代のネットショップは普及期~スマホシフト台頭期でした。
みんな手探りでネットショップ運営していました。
そうすると、自然にネットショップ界隈でも集まりができてきます。
町にあるな商工会のような集まりです。しかしみんな目をキラキラと輝かせています。
月一回の集会で活発な情報交換をし、勉強会でスキル身に付け、共催という仕組みでみんな売り上げを伸ばしていきました。
気が付くとそんな一つの集まりで、私は幹部のような存在になっていました。
何年も居たので当然と言っては当然なのですが、適任ではありません。
私は常に真剣で、言葉に衣を着せず無茶苦茶を言っていた人間です。時に言葉で人を傷つけたりもしました。
それでも優しく諭してくれた先輩方。私の話を素直に聞いてくれる仲間たち。さらにこれからの若者たち。そんな素晴らしいコミュニティが大阪にはありました。
「Oosaka」の方々が今も私を見守っている。そう感じてなりません。
あの松岡が、復活しやがった!松岡、次は何をするんだ? そんな声が聞こえてきそうです。
今もなお、私は真剣に前に進んでいます。これからも見守ってください。
たまにはDMちょうだいね!
おわりに
前述の会でのフォトショップ勉強会(講座)は本当にすごかった。ヒリヒリした。人生で一番追い詰められた。
こないだ取った宅建資格の講座なんて屁にも思える。
私は人生で様々な勉強会、講座に参加してきました。為になる講座ほど厳しいものだが、得るものは計り知れない程大きい。
こんな私が設立した最高の講座。
それが「Kitano壁紙スクール」です。
「黄色がかった餃子の写真」を見せたくて
押入れをゴソゴソと…しかし、それは見つからなかった。相当奥に入ってしまっているようだ。
代わりに、多店舗展開にやっきになっていた当時の私が出てきた。(廃業間近なのにね)
当時の私は38歳(現55歳)。プロのカメラマンに撮ってもらった写真を添えておく。
廃業してからもう見ることもないと思っていた写真だが、このコラムを書くにあたって16年ぶりに見た。
私の目つき。積み重ねられた餃子バット。固く下ろされたシャッター。当時の思い出が降り注ぐ。全て現実だったのだと。
真剣に生きてきて本当に良かったと心から思う。